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郷土の伝聞
・今回のレビュータイトル
 「NANA#05」
私が生まれ育った杉並区、久我山と言う所は「何もない住宅地」なのですが、
伏見稲荷の由来を調べていると、偶然にも久我山の稲荷神社にも幾つか由来が有る事を発見しました(^_^A

その①近藤勇と久我山神社
近藤勇が処刑された後、近藤勇の遺族、門弟は板橋に埋葬された遺骸を密かに掘り起こし、三鷹の龍源寺に埋葬する為に盗み出しました。
板橋から休む事無く、大八車に乗せて運んできたのですが、追っ手の姿もなく、となり村まで来たという安心感からか、久我山稲荷神社下で休憩を取ったそうです。
その後、宮下橋を渡り、(旧)人見街道を三鷹に急いだと言う事を聞くと、「毎日見てた様な場所に、そんな歴史があったのかΣ(゚ロ゚)」と驚愕する他ありません(^_^A
なお、江戸時代は「武州多摩群久家山村」であり、新撰組なんかでよく言う「多摩から出て来た田舎モノ」ってのは久我山なんかもそうなんだよね…「田舎」ってフレーズで多摩川とか奥多摩の方を思い浮かべちゃうんだけど(^_^A

その②金玉均と久我山神社
いきなり馴染みの無い人の名前が出てきましたが、実はこの人「韓国における坂本竜馬」と言った位置に居る人物だそうで、久我山神社には、この人に纏わる石碑が奉納されています。韓国からわざわざ久我山神社にやってくる人も居るそうです…知らなかったw
てか、子供の頃、神社の石碑なんかに登ったりしましたが(笑)、俺登った事有るんじゃないのか?
金玉均と言う人は、清朝末期のクーデターに失敗した後に、日本に亡命(実態は小笠原で幽閉)、されていたそうなのですが、この時に久我山出身で小笠原で財を成した飯田氏なる人物と出会い、二人は「故郷を離れて老父へ親孝行もできない」互いの身の上で共感し合い、自分の父には伝える事が出来ない想いを飯田氏の父にあてたのか「体は 離れていても心は同じ」との文を飯田氏の父に送ったそうです。
飯田氏の父はその文を石碑にして久我山神社に奉納し、今日に至るそうな。
でも、韓国人には失礼かもしれませんが、金玉均なんて聞いた事も無かったので、イマイチ感動が薄いです(^_^A

なんつうか、郷土に纏わる歴史って小学校の低学年とかで教わる事だと思うけど、本当は中学校以上で学んだ方が意味有ると思いますね(^_^A

あと、この久我山神社のHPで、「三鷹・ジブリ美術館 きょう(1月(^_^A)から短編アニメ3作公開」みたいなニュースが一緒に載っているのを見ると、「ああ、忘れてたけど本当に近所だったんだなぁ」と(^_^A

> NANA
ああ、ナナ編短いなぁw
それにしても、前回の話で、ナナの婆さんの死に関する事を綺麗さっぱり削ってましたが、アレって非常に不味い構成だと思うのですが(--;
ナナは婆さんの死に負い目が有り、そう言った喪失感がある中でレンと出会った事も、ナナの非常に強い依存心に一役買っていると思う訳ですよ(14巻ぐらいまで見ると)。で、レンが居なくなって奈々と出会い、今度は精神的な依存が奈々の方にも行くと。
そう言った非常に強い依存心があるけれども、プライドはそれ以上に高い。そう言ったモロさがナナのカッコ良くて危うい所だと思うのですが、そうなる根源の部分が単なる一目惚れになっちゃって良いのかと(--;
孤児のレンと、唯一の家族だった婆さんも失ったナナが共感している「家庭」と言うモノへの羨望とかもさ、婆さんの死に関する負い目を描かないと、ただ「意地悪婆さんでした…おしまい」で、婆さんが死んで身軽になった事のウェイトが大きい様に伝わってしまい、何故ナナが孤独を感じているのかが物語として不鮮明なんですよね。
ホスト部のアニメスタッフに比べると、NANAのアニメスタッフの仕事ぶりは素人に思えてしまう(--;
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それはそうと、一昨日の「ブスの瞳に恋してる」で感じた違和感はこれなんですよねぇw
夢を持って頑張っている女性が、恋の為に。しかも、恋人とかではなく、単に片思いの相手だというのに、それでも夢を捨てて恋の方を取ってしまうのかと(--;
オマケに、周りから自分の努力を認められて居たと言うのにですよ?そう言った信頼を裏切って恋の方に行くのが、どうにも(作品として)共感できません。
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