スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
自分が作るなら
・今回のレビュータイトル
 「RD 潜脳調査室 #25」」
えー、前回「ラスボスナナリーは良いとして、その持って行き方がまず過ぎる」てな事を書きましたが、
じゃぁ、自分だったらどう作るのかと言う話を書いてませんでした。
ここで「同じ材料で、自分ならこうやる」と言うのを少し書いてみて、私の物語の作り方に共感してくれる人でも居たら、私が作っているSRCのシナリオの方も、プレイしてくれる人増えるかなと言う事で、自分ならこう作ると言うのを書いてみたいと思います。

まず、シュナイゼルをボスキャラとした世界がどうこうと言った話は、とりあえず最終回1話前で全て決着を付けます。殆どのキャラの結末もここで付けてしまうでしょう。
このシュナイゼル編ではナナリーの生存には触れず、ルルーシュはかけがえの無い仲間たちの為に未来ある世界の道しるべを用意し、死を装って表舞台から去り(自分が全てを作っては、皆が未来を生きるという事にはならないから)、仮面を外した一人の少年として人生をリスターとさせます。
で、半年~3年後、皆とは別れ(死んだ事になっているから)一人で暮らすルルーシュの元へ、客人が訪れる。ドアを開けると目の前には死んだ筈のナナリーが…と言う所で24話終了。

最終話は、ナナリー生存のカラクリ、ナナリーによるルルーシュがゼロとして行ってきた所業への断罪とルルーシュの反論、ルルーシュ完全敗北を描き、敗北した事によって始めて自分の罪を自分自身で許せる様になるルルーシュと、兄が自分自身で自分を許せるようになる事がナナリーの思惑と言う事を描いて、ルルーシュが再びアッシュフォードの皆と再会するところを描いてEND。
テーマ曲に合わせて「24話の最終戦を生き延びた皆は今どうしているのか?」的なものを断片的にエンドロールで流すと。

要するに、ルルーシュが自分で起こした出来事による犠牲を無駄にしないようにと行動をするのは、ユフィやシャーリーの死を無駄死にだと思いたくないので、相応の対価、犠牲による成果と言うものがルルーシュの中では必要とされ、その成果によってアッシュフォードの皆が幸せに暮らせる世の中ができればいいと。
しかし、それで皆の元へ戻らないのは「死を装った自分が皆と会う事はできない」と言う尤もらしい理由付けと共に、「じゃぁ、成果があったからと言って、ユフィやシャーリーを死に追いやった自分は許されるのか?」と問われたら、他の誰が許してもルルーシュ自身が自分を許す筈が無い。
だから、ゼロとして行ってきた数々の罪を裁く者が必要になってくる訳で(テーマとしては黒の騎士団の離反もそれなんだけど、扇の描写が適当過ぎた為にシュナイゼルに乗せられた感があまりにも強すぎ)、ゼロが誕生した理由が「ナナリーの為」である以上、ゼロの罪を断罪するのはナナリーでなければならず、断罪される事によって始めて許されると。
そんな感じの話を分かりやすく描ければいいなってのが「私だったら同じ材料で、ギアスのラストをどういう話にするか?」の答えです。

まぁね、ギャブレット君なんか、自分で自分を許せない人間の筆頭みたいなものなので、共通項多いルルーシュなんかも同じタイプだと思うよ。

> RD
08092610.jpg
要するに、ジェニー・円の拉致に対して、久嶋さんが本位と異なる緊急回避の手段としてメタルに自分の意思を退避させたのではなく、拉致はただのきっかけで、地球律観測の為の手段として考えていた手段を、この際だから実行に移したって事なのね……久嶋さん思いっきり良すぎだ(^_^A
おそらく、最初の計画では久嶋さん自身がメタルの深層にに潜る事は有り得ない事だったのでしょう。20話で「自分は自分がデザインした服を着こなせない」と言っている様に、自分の役割はデータを集める事ではなく、それを分析して答えを出す事だと割り切っていたはずですから。
しかし、地球律に直に触れる事への憧れと言うものも、やはり20話で語られている事で、拉致事件への緊急回避手段と言うあくしデンタルな事象が、憧れながらも手を出せずにいた事への後押しになった…と言う事でしょう。人騒がせだけど(^_^A

08092611.jpg
そして、その事に関するメッセージを伝えていなくとも、残した情報を繋ぎ合わせて、皆が真相に気付いて観測した情報を受け取りに来ると確信していた訳だ。
久嶋さんの良い所は、自分一人では物事を達成する事ができない事を知っていて、仲間を信じる事ができると言う点にあります。
何でも自分が背負い込もうとする人間ってよく居ますが(特にアニメの主人公や、その敵に)、そういった方々は仲間の事を大切に思っていても、信頼している訳では無いんですよね。或いは、彼の判断は正しく仲間が物凄く力不足なんでしょうが、多くの場合、「自分がやれば仲間は傷付かないですむ」みたいな履き違いが多い。自分の主観だけで、仲間がどう思っているか考えても居ないみたいな(^_^A
久嶋さんの場合、能力的に十分な人材が揃い、且つ彼らを信用できると言う思いがあるので、信頼すると言う事ができる訳です。この仲間を信用する思いと言うのが欠けてるアニメキャラ多すぎ。
そういう意味で、この作品は尖ったジャリキャラしか居ない(大人も落ち着きの無い)アニメと異なり、落ち着いた大人の出てくるアニメなんですが……つまり、見る方も大人じゃないと、そういった内容が理解できずにつまんないアニメと言う評価に(--;
スポンサーサイト

Comment

管理人にのみ表示する


Track Back
TB*URL

Copyright ©  黒屋。別館BLOG日記. all rights reserved.

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。