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都合の良いキャラ
・今回のレビュータイトル
 「コードギアス 反逆のルルーシュ R2 #最終回」
え~、ちょっと前に大人キャラについて少し触れましたが、
少年向け作品の「大人」と言うのは、主人公達達の暴走を修正し、主人公達の為に泥を被ってくれる(道を切り開いて死んでゆく)みたいな都合の良い大人が多いんですよね。ヒロインなんかも、都合の良いヒロインが多いし(^_^A

少年向けの作品では、より分かりやすい事が求められるのかもしれませんが……どうもね(--;
逆に、少年向け作品に慣れていると、そうでない作品を見た際にヒロインや大人が都合の良いキャラでは無いので、反発を覚えるオタも多いと言うのが、現実見えていないオタ所以かと。
ちなみに、ヤンデレとかは都合の良いヒロインに慣れたオタに対するコロンブスの卵で、都合の良いヒロインと同様に現実では一般的といえない特例であるからこそ、オタが食いつくんですよね。
現実的に女性を描写するのではなく、都合の良いヒロインを裏返しただけの同じものみたいな。

しかしまぁ、それがウケるから話を作る側もそういうキャラを出す訳で……
作る側が悪いのか、求める側が悪いのか。

> ギアス
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ああ、私が思った以上にルルーシュは自分の命に執着無かったんだなぁ(^_^A
大筋において、ルルーシュのやろうとした事は予想通りだったけれど、死を装うのではなくキッチリ死ぬと言う点において違っていましたね。
ここら辺、世界の憎しみを自分に向けさせて滅びると言う実質的な目的の他に、自分自身が許せないと言うルルーシュ個人の罪悪感による真の目的が働いている訳です。実質的な目的を果たすだけなら、ルルーシュが「実は死んでいませんでした」で生還する方法はいくらでも有りますから。
が、「自分が許せない→だから死ぬ」になる所に生への執着が無いと言うかか……そこがルルーシュの自分を大切にできない悪い所と言えるし、犠牲を必要とする自分のやり方に自分自身をも特例としない美点とも言える訳で。
最後のC.C.の乗った荷馬車の御者がルルーシュだと言う、予想した通りの死を装ったパターンもチラッと浮かびましたが、ルルーシュが生存していると監督の描こうとしていたルルーシュ像が食い違ってくると思うので、ルルーシュは死亡したで良いと思います。死を装って生き残る術はいくらでもあったけれど、それを選ぶことを良しとはしなかった。それがルルーシュなのだと。
その結末を否定したいファンに、妄想の余地を残すと言うカスカベボーイズにも通じる手法で。

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名も無いスナイパーによる暗殺ではなく、「ゼロ」に自分を討たせてゼロと言う存在を残すと言うやり口は、ルルーシュはスザクの高潔さとシュナイゼルの政治的手腕を、本当に買っていたのだなぁと言う印象。
シュナイゼルは野放しにできないので、本来であれば、自分の死後はシュナイゼルの暴走を自分が止める事はできない責任上、殺すしかないのですが、スザクにシュナイゼルの手綱を握らせる事でシュナイゼルを殺さずに済む。勿論、そこまでしてシュナイゼルを生かすのはシュナイゼルの手腕をそれだけ評価しているからな訳で……「我に仕えよ」では無く「ゼロに仕えよ」と言うギアスは、今のルルーシュはゼロじゃないんだから、ちょっと違和感があるなぁと感じていた台詞回しに、物凄く納得!Σ(゚ロ゚)
また、スザクに対しても(自分が自分の罪を許せない様に)自分の罪を許せない彼に、ゼロとして生きる罰を与える事で罪をあがなって生きると言う、自分と異なる道を歩ませる。
「スザクならゼロを名乗る事が己の決意の現われになる」
これはR2放映開始前のR2のキャラデザが発表された際、ゼロの中身が不明と言う点と、ゼロ&スザクのイメージカラーが共に青に変更されていた事から、「新ゼロ=スザク?」という予想を立てた時の文章ですが……
まさか、最終回で外した予想の文章を使いまわせるとは思って居なかったぜw

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ルルーシュとナナリーの対決は「ギアスで決着付けるのかよ!Σ(゚ロ゚)」と肩透かし。ナナリーもかかってしまうとは……結局は、やり方は違っても行き着いた結論はルルーシュもナナリーも同じで、ナナリーは誰に言われる事も無く自分の意思でその結論にたどり着いた。だからこそナナリーの前から自分が去っても大丈夫だと言う、ルルーシュの安心と言うか、満足を描くイベント。
結局、シュナイゼルにいいようにされるナナリーとルルーシュでは役者が違う…と言った所なのか?
正直、「ゼロレクエムとはこういう事だ!」なんて分かりきった部分や、「スザクvsカレン」みたいなどうでも良い部分に尺を使うよりも、こっちに力を入れるべきだった様な気はするんですけどね。
まぁ、「この物語の主人公は、あくまでもルルーシュ」と言う監督の主張は伝わりました。ルルーシュと言う人間を描く上で必要となる彩りとしてナナリーやらスザクやらのキャラが居るのだと言う描き方は、ある意味では間違ってはいない。

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扇は出世したなぁ……まぁ、日本の首相は彼ぐらい凡人な方がむいているよ(^_^A

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そして、本当にオレンジ農家で働くオレンジ卿が!
ギルフォード卿の遺産ですか?Σ(゚ロ゚)

【総評】
1期は兎も角、2期はキャラ重視、それもルルーシュと言うキャラに特定して描かれた物語と言う印象が強い。
ルルーシュ一個人を描いた物語としては文句は無いです。
ただ、その為に他のキャラクターの描写がもう思いっきりお座成りで……特に扇とナナリーは、その犠牲者達の筆頭だと思う(--;
また、ルルーシュに対峙する側がかなり適当に描かれた為、ルルーシュが凄いなと感じる事も特に無いと言う……何かを描くには、それに対峙する存在もしっかり描かないと、描きたい何かまでショボく見えてしまうんだぜ(^_^A
おそらく、この作品を支持できるかできないかは、ルルーシュと言うキャラクターに共感できるかどうかに関わっているでしょう。
そういった点で、私の場合はギャブレット君と言うキャラが脳内に住み着いていたおかげで、必要以上に共感できました。ルルーシュのヘタレ振りとか、勘違いとかにも(昔のギャブレットが演じたほぼ同じシーンに照らし合せて)「違う…それは多分絶対まちがっているぞ……orz」とか、まるで昔の自分を見ているような小っ恥ずかしさを味わったり(--;
ちなみに、「自分の生死に無頓着で、かなりの高確率で自分が死ぬ様な策を取ったりするのに、それでも死の瞬間まで抗い、自殺は絶対にしない」と言う点で、ギャブレットとルルーシュには差が有りますね。あと、15年以上生きたキャラと2年程度のキャラの絶対的な経験値の差みたいなもので、ルルーシュの行動を「ああ、そこはギャブレットが昔~し通った道だなぁ……」と、過去を思い出して浸ったり。
そう言う意味では楽しめました。
でもねぇ……犠牲(扇やナナリー)の上に成り立つ成功は、本当に正しいと言えるのか?
それ以前に、ルルーシュ個人だけを描く事に重点を置いた作りかたは、作品として成功したと言えるのか?(^_^A
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