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びっくりした
・今回のレビュータイトル
 「機動戦士ガンダム00 2ndシーズン #21」
な・・・・何ぃ?!
クイーンズブレイドがアニメ化? 世も末か(--;

今回は時間の都合でディケイドのレビューは後回し。とりあえず00だけレビュー。

> 00
今回の個人的な印象は・・・
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良かった!今週の放送やる前に19話のレビューしといて良かった!
19話で書いたマリナ姫の擁護の中や今回終盤でも「刹那達に歪められた存在」としてグラハムが出てきた様に、1期での刹那達の行動は間違っていたと言うのが2期の世界の情勢として描かれている訳だし、今現在のカタロンの行動もそれと同じ事。
作品としては別の方法論として「マリナが選択した道」が必要な訳で、「自分達を否定する者が居るから、自分達も相手を否定しなければいいようにされるだけ」と言うのも一つの正解ではあるけれど、そのやり方では(それこそ生存者を許さないほど徹底的に相手を叩き潰さない限り)争いが収まる事はないでしょう。

で、問題の姫様の歌如きで世界に影響があるのかという事。
実際、アメリカが「テロとの戦い」を開始してからイラクが一段落するまで、「イマジン」等の曲を公共の電波に乗せるのは反国家的行為として禁止されてましたし、少なくとも現実に国を動かしている人たちは歌で世論が変わる可能性はあると考えていると言えます。
問題なのは一歩引いた場所に居る日本人や熱の冷めた今のアメリカ人が「イマジンを流すことを禁止するなんておかしい」と思えても、当時のアメリカ人の多くがそれを正しいと信じていたと言うことと、番組は主人公目線=連邦に反する側の目線である為に気付きにくいけれど、圧倒的多数の連邦加盟国の市民は、今が平和だと思いこんでいるという事。現実の日本人の多くが今が平和だと思っているように・・・パレスチナとかで何人死んだところで人事だもんな。画面には映らない作品中の人たちも、非連邦加盟国がどんな目に遭ってても「平和」だと感じてるよ。
そんな訳で、とりあえず「歌で平和になりました」をやるには、軌道エレベーターの件が隠しきれていない事と、それによって連邦の一般市民にも動きがある前提があって、それらの勢力をまとめ上げるシンボル的なものとして、いつのまにかマリナの歌が担ぎ上げられていた・・・みたいな理屈が無いと通らない訳で、今のままでは描き方が不十分。
マリナが地味だって事もあるし、以下に俺ならこう描く姫様イベントを。

まず、カタロンメンバーに超美形でマリナにモーションかけてくるいけ好かないチャラ男を用意する。刹那とマリナのカップリングが「かなり適当」な事もあり、まずはカップリングに興味を持つ層の注意を引く。
で、チャラ男が「二代目コーラ」として画面に馴染んだ頃に歌イベントでイキナリ真面目な表情で歌に反応させる。実はチャラ男は元ミュージシャンで、紛争によって仲間と夢を失い、仇を討つ為にカタロンに入ったものの、戦っているうちに「何かが違う」と思う様になって不真面目な生き方しかできなくなっていた所を、マリナの歌で夢を追いかけていた頃の自分を思い出し、そう言うものを守る為にこそ武器を取る戦いをしては駄目なんだと一念発起。マリナの歌を電波に乗せようと言い出すが、(電波の発信源でアジトが見つかる可能性があるし)仲間から大反対されるが、「この歌で、自分の様に平和だった頃の夢を思い出せる奴が一人でも居るなら」と、カタロンを離れて一人で作戦を実行。案の定アローズに感づかれて死亡。
これで「それ見た事か」とシーリンに歌の無力さを叩かせる事でマリナを苛めつつ(姫様はいびられて何ぼ)、一度「分かり合う事で得られる平和」を綺麗事と全否定しておいて、数話後に「ラジオから歌が流れてくる→チャラ男のした事は無駄なんかじゃなかった」「綺麗事は綺麗事だからと割り切って、それに対して何も努力しないのは間違いである」をやれば、少なくとも心情的に説得力が出るかなと。

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今回の「因果応報のドミノ倒し」は見ていて爽快だったけど、リューミンが危険だと言う事をソレスタが全く知らないで、「協力者」と言う認識のまま退場した事は・・・ソレスタの間抜け感が(--;
しかしながら(ホンロンは兎も角)、自分の都合で他人の痛みも考えずに好き勝手していたリューミンとネーナは似た者同士であり、この二人の退場のさせ方は見事。
ネーナはある意味「自分の写し身」であるリューミンが自分より恵まれている事を許せない。
そのネーナが「恵まれている」と言う事をリューミンは重荷に感じ、世界と兄を私物化して憂さを晴らそうとする(本当に自分にとって都合のいい未来を望んでいたのかさえ怪しい)。
そういった二人に「自分自身に殺される」と言う結末を与える話作りが秀逸。
リューミンの死がそのものズバリだったのに加え、ネーナの死もまた、兄たちの死は特別だったけれど、自分自身は全く関係のないような者達まで戯れで殺すと言った他者の命に無関心だった為、兄の仇を討つつもりが自分が仇として討たれると言う様に、これも「自分自身に殺される」と言う構図になっています。
そして、それをドミノ倒しのように展開させる疾走感。
これを見事と言わずに何と言おう?

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あ、生きてたよ(--;
アンドレイの「大佐がクーデターに加担なんかしていなかったと知って後悔→命を懸けて善行をし、死んでく」イベントへの布石か?
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確かにあの疾走感は見事でした
途中までは黒川さんの言うようにソレスタの間抜け感が否めないし、
ホンロンも無駄死にとまでは言わなくてもそれに近い感じで
「黒田どうしたんだ?」と萎えまくっていたんですが
終盤の見事な連鎖で「さすが黒田」ってな感じで全て吹っ飛びました。

欲を言えばリューミンの過去描写が欲しかった(実際に絵があるだけでかなり違うので)のですが尺の兼ね合いって事で諦めますw
比呂飛鳥 | URL | 2009/03/02/Mon 20:24 [EDIT]
> re:比呂さん
ホンロンの無駄死にとかは、死と引き換えに何か重大な事を成し遂げるよりも現実的ではあるのですが、「このタイミングでそれかなぁ?」と疑問に感じる部分ではあったので、終盤のコンボで「ああ、このタイミングでやる事だったんだなぁw」と納得したものです。

リューミンと言うか、ワン家の過去描写は確かに欲しかったですね。
ホンロンは本当に無能だったのかとか。
黒川 | URL | 2009/03/07/Sat 22:14 [EDIT]

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